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![]() 知人のリクエストに応えて、本日は、英国のチャーチル首相 (ウィンストン L. スペンサー=チャーチル Sir Winston Leonard Spencer-Churchill, 1874-1965) が生まれた (ご実家) 「ブラナム宮殿」 について・・・(世界遺産に登録されています) 「英国に有って、日本には無いものってありますか?」・・・この質問の手っ取り早い答えが「貴族」です (現在)。 貴族の生活の場は、基本的には田舎の広大な領地にあり、大邸宅を構えています。この本宅を「カントリーハウス」と言い、これに対して、年に2度程、ロンドンにショッピングに出かける時などに使われるロンドンの別宅を「タウンハウス」と呼びます。 ![]() オックスフォードシャー (州の名前) のウッドストックの町にある「ブレナム宮殿」は、チャーチル首相の先祖 ジョン・チャーチル将軍が、1704年の「ブレンハイムの戦い」でフランス軍に勝利した戦功として、時のアン女王から与えられた広大な領地とそこに建設された屋敷で、戦場となった南ドイツの村「ブレンハイム」を英語読みして「ブレナム」という名がつけられました。 また、王室関係のものでもない屋敷に「宮殿」という名称を付けることも同時に許可されます。確かに「ブレナム宮殿」は、貴族の大邸宅「ブレナムハウス」というよりも「宮殿」に相応しい豪荘な邸宅です。建築様式は、「(イングリッシュ・) バロック様式*」。 敷地総面積 4,998ヘクタール (内訳) 宮殿敷地 (宮殿・ガーデン・パーク・池) 754.3 宮殿敷地外の森林 440 宮殿敷地外の農牧地 3,804 <パーク側> ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() 冬は、(敷地内に川を造ったの?! と思うような大きな) 池や、羊が放牧されている丘のある「パーク側」の庭のみ一般公開され、夏は、「邸宅内」とパークと反対側の「ガーデン」も一般公開されています (夏はホリデーに出かけて留守だから)。いずれの貴族も広大な領地の維持費と使用人の給料が莫大なので、入館料を取って足しにしています (貴族も大変です)。 <ガーデン側> ![]() ![]() ![]() 将軍は「公爵」(Duke) の爵位を与えられ、初代マルボーロ公爵 (Duke of Marlborough) が誕生することになります。「ブレンハイムの戦い」が名勝と高く評価された理由は、「最小限の負傷者・死者で」「戦争を早く終決させる」「どれほどの利益を英国にもたらす戦いか」という3ポイントにおいて、パーフェクトだったからです (ブッシュ大統領に聞かせてやりたいですね〜、長引くと、おのずと死者が増えますし、また勝ちさえすればよいというものでもないということ)。 尚、"Spencer-Churchill" の姓からわかるように、故ダイアナ妃のご実家とは親戚関係にあります (跡継ぎが途絶えたため、チャーチル家の娘が嫁いだスペンサー家の <彼女の生んだ> 次男を当主に迎え、一時、姓が Spencerになり、スペンサー家の分家のような形になりますが、第5代マルボーロ公爵が、姓に、元祖 "-Churchil" をプラスする許可を得る)。 代々、嫡男が「マルボーロ公爵」を継承しており現在は第11代目。チャーチル首相は、第8代マルボーロ公爵の弟を父に持つため (お父さん、次男だったんです)、マルボーロ公爵は継承していません。 チャーチル首相は、英国で初めて (Sir の称号のみの民間人として) 「国葬」になった人物ですが、本来は、多大な功績のあった人物が埋葬されている「セント・ポール寺院」に入るべきところを、祖先や家族の眠るウッドストックの墓地に一緒に埋葬して欲しいという遺言を残されましたので、「セント・ポール寺院」にはおられません。 ■■「バロック様式」の特徴 ■■ 16 世紀中頃から、それまでのルネッサンス様式 (英国バージョンは「ジョージアン様式」) に代って誕生する建築様式。ルネッサンス様式が直線的で端整・シンプルだったことに対する反動の様式といわれ、華麗、円形モチーフ、ねじり柱、重厚、そして、何よりも建築の外観にレリーフ的な彫刻と彫像をふんだんに装飾していることが特徴。ポルトガル語の「バロック」に由来し、「ゆがんだ真珠」の意。 by riesuzuki67 | 2005-08-04 03:11 | ♂ 建築
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